推し活の周辺ついて語るブログ

推し様素敵!格好いい!大好き!という話は別の場所でしているので、ここでは推し活そのものからちょっと外れた話を書き散らしておきます

推しに初めてお花を贈った時の話

私は最近は祝花を出せるイベントなら毎回出しているのですが、コロナ禍前は出したことがありませんでした。飾られているのを見てきれいだなと思う程度で、関心もさほど高い訳ではありませんでした。それが一変したのは、コロナの影響が徐々に収まってきた頃に行われた、推しの出演舞台の時です。

 

コロナ禍の間はフラスタも楽屋花もNGとなっていましたが、以前の日常が戻りつつあった頃に行われたその舞台では、久しぶりにフラスタはOKとなりました。私はそのお知らせを目にしてはいましたが、自分で出すことなど全く考えないまま初日を迎えました。そして当日、いつも通り軽い気持ちでフラスタを見に行ったのですが、推し宛てのフラスタは見つかりませんでした。他の出演者に宛てたフラスタは沢山飾られていたのに、推し宛てのものは一基も無かったのです。

 

推し宛てのフラスタが無いことを認識した瞬間、足元から不安が上ってくるのを感じ、頭の中は混乱した思考で一杯になりました。

(推しはフラスタを見に来ただろうか?自分の名前が無いことに気付いただろうか?どう思っただろう?ガッカリした?傷付いた?)

(でも今まで推しがフラスタについて何か言っているのを聞いたことないし、自分宛てが無くても気にしないかもしれない。そもそも見てもいなくて無いことに気付いてないかも)

(でもこの劇場はそんな広くないし、息抜きにロビーまで出てくることがあったかもしれない。そうしたらすぐ目に入る)

(仮に見たとしても大事な舞台の前にそんなこと気にかけていられないのでは。推しはこの舞台にとても力を入れてるし、花の有無なんて舞台の成否に関係ないし)

(でももしも、もしも自分宛てのお花だけ無いことに気付いたら...

ほんの少しも傷付かないなんてこと、あるだろうか?)

 

グルグルと考えつつ、いつまでもロビーに突っ立っていても仕方がないので2階に上がり、自分の席に着きました。

舞台はとても熱気に溢れたもので、推しも熱演でした。最後の挨拶でも推しは通常運転で、落ち込んだりしている様子はありませんでした。というか、私も幕が上がっている間はお花のことを忘れていたので落ち込んでいるかとか見てなかったのですが、後から振り返ると多分普通だったと思います。

 

フラスタのことで再度頭を悩ませ始めたのは帰りの新幹線に乗ってからです。その日は大阪公演でしたが、一週間後に東京公演が控えていました。そこで自分でお花を出すかどうかが悩みでした。

何しろ今まで自分で出そうなど思ったことが無かったので、基本的なことから分かっていません。色々と調べてみたところ、素人でもお花屋さんに頼めば届けてもらえること、最低1.5万円くらいあれば出せること、推しのイメージカラーはメジャーではないものの定型メニューとして扱っているお花屋さんもあるので、今から頼んでも納期に間に合うことなどが分かってきました。

つまり、出そうと思えば出せることは分かりました。次は本当に出すのかという問題です。私にとって安い買い物ではありませんし、そもそも推しが祝花を望んでいるかは分かりません。冷静になって振り返ると、会場で私がショックを受けたのは推しの気持ちが分かるからではなく、推しに人気者でいてほしいという自分勝手な欲望が私の根底にあり、それが満たされなかったからだと考えられます。推しが傷付くだろうと勝手に想像して、勝手に同情してお花を出すというのは、推しに対して失礼な気がして躊躇いがありました。推しをお祝いしたいという純粋な応援の気持ちからならば良かったのですが。

 

1日考えた末、結局お花を出すことに決めました。推しの気持ちは考えても分かる訳がないので度外視することにし、もし東京公演でまたフラスタが一基も無かったら私自身がクヨクヨと後悔するに決まっているので、自分を落ち込ませないためにという理由で出すことにしました。

自分の想像で不安になり、自分のお金でお花を出して、会場で自分のお花を見て安心するという、端から見れば不毛なマッチポンプです。まあ一応お花屋さんの売上には貢献しているので良しとしましょう。

 

そうと決まればお花屋さんへ注文です。この時は、ネットで注文すると劇場近くのお花屋さんを手配してスタンド花を届けてくれるサービスを利用しました。確か2万円くらいだったと思います。

当日、お花屋さんが送ってくれた写真を手に、ドキドキしながら劇場へ向かったところ...ありました!推しの名前を入れたフラスタが無事に飾られていました。お値段相応に控えめなサイズでしたが、それでも淡い色のガーベラと華やかなバラが沢山、濃い色のバンダがアクセントとなって、素敵に仕上げていただいてました。

そして、私が出したものだけではなく、推し宛てのフラスタが他にも数基並べられており、ホッとしました。大阪の時は色々偶然が重なってあの状態になったのでしょう。運営が祝花受付を発表したのが初日も迫ってからでしたし、まだ職場によっては遠出できない人もいたくらいの時期でしたから、出すのを諦めた人も多かったのかと思います。

 

こうして私の初めてのお花贈りは終わりました。この半年後の舞台でもまだ不安が残っていたのでフラスタを出しましたが、その時も推し宛てのものが何基かあったこと、私も慣れてきて事前にフラスタの募集があるか探せるようになったことから、それを最後にお花を贈ることは無くなりました。

 

再び祝花を贈るようになり、贈ること自体が楽しくなって嵌まるのは、1年あまり後の話になります。